第9回 「自然増」の基本的な考え方
本連載は「地方創生を実現するために、地方議会議員は具体的に何をすればよいのか?」、また「地方創生を実践するガイド」という2つの視点を持ちます。
第1期の地方創生を振り返り、第2期の地方創生を成功の軌道に乗せるためのヒントをもとに、読者の皆さんは本連載で示すヒントを深化・進化させていただき、議会での質問や提言に活用していただけると幸いです。
1. セオリー通りが吉
セオリー(基本的な考え方、理論)通りに進めていけば、失敗の確率は低くなります。ただし「セオリー通りに進めれば100%成功する」とは言えません。しかし、失敗する確率が低くなることは間違いありません。
話はややそれますが、近年、地方自治体では、シティプロモーションが流行っています。ところが、多くの自治体では設定した目標を達成できていない状態がありますⅰ。すなわち、シティプロモーションは失敗しているのです。
その理由は、セオリー通りに進めていないからです。シティプロモーションのセオリーは、機会をみて本連載で言及しますが、今回は少しだけ紹介します。読者は「マーケティングの4P」を聞いたことはあるでしょうか。マーケティングの4Pとは、①Product(製品・商品)、②Price(価格)、③Place(流通)、④Promotion(プロモーション)のそれぞれの頭文字の「P」をとったものです。実は、自治体が実施しているシティプロモーションは「④Promotion」だけです。他の3Pは実施していない状態が多々あります。シティプロモーションは4Pを意識しなくては成果が現れません。
筆者が現場に行くと、自治体は「④Promotion」しか実施していません。これでは当然失敗していきます。
今回は、地方創生の一つの目標である「人口減少の克服」を達成していくためのセオリーを紹介します。
過去の連載では事例を紹介していましたが、セオリーを言及していませんでした。読者にとっては「当たり前」と思われるかもしれません。しかし、地方創生を成功させていくためには、当たり前のことを着実に実施することが大事と考えます。
2. 人口を増やすための基本的な考え方
人口(定住人口)の維持、あるいは増加を目指すためには、2つの考えしかありません。それは①自然増、②社会増、です。最初に自然増を説明します。すでに本連載では、東大和市(東京都)の事例を例示しています。
自然増とは何か
読者は、すでに理解していることかもしれませんが、少しお付き合いください。自然増の意味を説明する前に、前提となる「自然動態」を確認します。
自然動態とは「一定期間における出生・死亡に伴う人口の動き」と定義できます。一定期間(多くの場合は1年間になる)において、出生者数が死亡者数を上回った場合(出生者数>死亡者数)は「自然増」と言います。逆に、出生者数より死亡者数が多い場合(出生者数<死亡者数)は「自然減」と捉えます。
2019年の日本の出生者数は86万5239人です。死亡者数は138万1093人となり、人口は51万5854人の自然減となっています。2020年は新型コロナウイルスの感染蔓延で出産を控える人が増えたため出生者数が減少しています。一方で死亡者数は増加しているため、自然減の幅はより拡大するでしょう。
自然減から自然増に転じさせるためには、出生者数を死亡者数よりも多くしなくてはいけません。簡単に言うと「(死亡者数よりも)子どもを増やす」ことになります。そこで、多くの自治体は出生者数を増やすために、多くの事業を展開しています。
K町は出産祝金を拡充しています。第1・2子は30万円、第3子は50万円、第4子以降は100万円を支給しています。K町に限らず、少なくない自治体が出産祝金を増額していますが、成果は上がらないことが多くありますⅱ。
3. 自然増を実現する4手法
自然増を実現させる視点は、基本的に2つしかありません。それは、①出生者数の増加、②死亡者数の減少、です。そして①出生者の数の増加、②死亡者数の減少はそれぞれ2手法があります(合計4手法があります)。まずは①の出生者数の増加から考えます。
既婚者か独身者か
出生者数の増加は、大きく2手法があります。第1に、夫婦(既婚者)を対象として「現状よりもう一子以上多く産んでもらう」ことです。もちろん、子どもを希望している夫婦が対象になります。自治体は夫婦に「もう一子以上」多く産んでもらうための事業の実施をする必要があります。例えば、不妊治療への助成、周産期医療の充実、子育て家庭への経済的サポートなど多々あります。
第2に、「独身者を対象として、結婚してもらう」ことです。国立社会保障・人口問題研究所によれば、夫婦の最終的な子ども数とみなされる「完結出生児数」は1・94人です(国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」)。この数字は、結婚から15〜19年の期間の夫婦の平均的な出生の子ども数が1・94人を意味しています。言い方に語弊があるかもしれませんが、夫婦になれば(結婚すれば)、19年以内に1・94人を産む可能性があると言えます。
近年、子どもの数が減っている理由は、非婚化(結婚しない人)が一因と捉えられています。そこで出会いを希望する独身者に対して、積極的に婚活支援を進めることも自治体の一つの役割かもしれません。なお、国勢調査には「有配偶率」のデータがあります。有配偶率とは結婚している割合です。有配偶率が高い自治体は、既婚者にもう一人子どもを産んでもらう政策展開となるでしょう。有配偶率が低い自治体は独身者が多いことを意味します。その場合は、独身者の婚活支援からはじめるとよいかもしれません。
さらに言うと、自然増(特に婚活支援)に関連して「雇用増」も大事です。雇用増とは「働く場の確立と拡大」であり、「安定した収入の確保」です。雇用増を実現しない限りは、将来に対して不安感が拭えず、「結婚しよう」とか「子どもをもうけよう」という意識にはなりません。
読者は「年収300万円の壁」という概念を聞いたことはありますか。内閣府の「結婚・家族形成に関する調査」(2011年)から明確になった概念です。同調査によると「男性に占める既婚者の割合は、年収が300万円を下回ると大きく低下する」ことが明らかになりました。すなわち、年収が300万円を超えないと、独身男性は結婚に踏み出さないという事実ですⅲ。そのため自然増を進めるためには、雇用増に関する政策の展開も重要です。雇用増のセオリーも本連載で紹介します。
【脚註】
ⅰ シティプロモーションに限らず多くの政策において、自治体が設定した目標を達成できないケースがあります。自治体によっては、その事実が何年も続いています。自治体の多くの政策(施策・事業を含む)が設定した目標を達成できないという状況です。その結果、言い方は悪いですが「負け癖」がついています。政策を省みるための行政評価が本格的にはじまり、20年強が経過しました。この20年の間、自治体は設定した目標を達成できないという状況が何年も続くことにより、「目標は達成できなくてもよい」という思考が染みついています。この意識を改善しなくてはいけないでしょう。ちなみに、民間企業の場合は、設定した営業目標が何年も達成できないと、結果的に「倒産」です。食べていけなくなります。そのため民間企業は設定した営業目標を達成するのは至上命題です。しかし、自治体は政策目標が達成できなくても「倒産」はありません。この危機感の違いが、設定した目標の達成の可否にかかってくると考えます。問題発言かもしれませんが、読者が考える素材にしてもらいため、敢えて言及しました。
ⅱ 効果の上がらない理由は、私見ですが言及します。子ども1人を22歳まで養うのに必要な費用は、基本的養育費が約1640万円、教育費は約770万円が必要といわれています。合計は約2300万円です。なお、基礎的養育費は食費や保健医療費、衣類等です。教育費は高校まで公立に通い、大学で国立に通ったという前提です。私はデータという根拠を持ち合わせていませんが、出産祝金で100万円をもらったとしても、その後2300万円の支出が伴うと感じているならば「100万円をもらって出産しよう」とはならないと考えます。補助金(お金)で子どもを増やそうとするのではなく、子どもを育てるための環境整備や、子どもの存在により得られる価値をプロモーションしたほうがいいような気がします。筆者は、長年子どもができませんでした。平均出産年齢よりも遅く子どもができました。子どもにむかつく時もありますが、全体としては子どもの存在は貨幣価値では得られない価値を享受しています。まさに子どもの存在はプライスレス(priceless)です。
ⅲ 同調査によると、年収300万円未満の層では男性の既婚者は20代で8・7%、30代で9・3%となっています。年収300万円以上400万円未満の層ではそれぞれ25・7%、26・5%です。すなわち、年収300万円を境に大きな差が出ています。